浮世絵に描かれた旅
浮世絵には名所・街道の風景を描いた絵がたくさんあります。北斎の「富嶽三十六景」や広重の「東海道五拾三次之内」などは世界的にも知られる作品です。しかしこうした風景画は、浮世絵の歴史の中では比較的新しいジャンルなのです。
保永堂版 東海道五拾三次之内 日本橋
江戸時代後期、巡礼や観光を目的とした旅行が庶民の間で大流行します。名所図会と呼ばれる地誌、名所や名物を紹介する道中記などの本も数多く出版されました。それらは、さながら今の旅行情報誌やテレビの旅番組のようです。全国各地の美味しい料理や美しい景色を、見たい、知りたいと江戸っ子たちは思っていました。しかし遠い場所へ行くためには、たくさんの時間とお金が必要です。そんな彼らの欲求にこたえるようにして制作されたのが、風景を表した浮世絵版画だったのです。
浮世絵は大衆美術であり、情報媒体でもありました。1枚の値段は現在の金銭価値で約400~500円!町人たちは、いつも新鮮な刺激を求めて浮世絵を買っていました。
江戸時代、幾何学的遠近法や陰影法を用いた西洋絵画が国内にもたらされ、多くの人々の関心を集めていました。浮世絵師たちも、リアルな洋風表現を積極的に取り入れて作品を制作しました。一方また、日本では四季絵や月次絵あるいは山水画などさまざまな形で、季節の花や鳥、豊かな自然の姿を絵に描いてきました。旅行ブームを受けて、流行に敏感な浮世絵師たちは、伝統的な日本・東洋絵画をベースにしながら西洋絵画風の合理的な空間表現も取り入れた、斬新な風景画を描いたのでした。
木曾海道六拾九次之内 中津川
東海道の旅をテーマに広重が描いた「東海道五拾三次之内」は爆発的な人気を博しました。迫力ある画面は、まるで見ている者自身が風景を眼前に眺めるかのような臨場感にあふれています。広重はこれ以降、東海道や木曽海道(中山道)といった街道や全国の名所の風景を描き、江戸を代表する絵師になりました。